冤罪と死刑
取り返しがつかないということ
このサイトは死刑制度への賛否を書きません。ただし、記録を残す立場から、ひとつだけ触れておくべきことがあります。死刑判決が誤っていた事例が、実際に存在するということです。誤りが判明したとき何が起きるのかを、事実に即して説明します。
袴田事件 — 58年後の無罪
1966年、静岡県で一家4人が殺害された事件で、袴田巌さんが逮捕され、1980年に死刑が確定しました。
2014年、静岡地裁が再審開始を決定し、袴田さんは48年ぶりに釈放されました。長く拘置されていた死刑確定者として、世界的にも例のない年数です。
そして2024年9月、静岡地裁は再審で無罪を言い渡しました。検察が控訴を断念したことで、事件から58年を経て無罪が確定しました。判決は、証拠が捜査機関によって作られた疑いに言及しました。
袴田さんは、48年間、いつ執行されるか分からない状態に置かれていました。日本の執行手続きで説明したとおり、死刑確定者に執行日が事前に知らされることはありません。
飯塚事件 — 執行された後に、再審が請求された
1992年に福岡県飯塚市で女児2人が殺害された事件で、久間三千年さんの死刑が2006年に確定し、2008年10月28日に執行されました。
その後、有罪の柱となったDNA鑑定の手法に問題があったとして、遺族が再審を請求しました。再審請求は棄却と抗告を繰り返し、現在も争いが続いています。
この事件が示しているのは単純な事実です。執行されてしまえば、誤りが判明しても取り返しがつきません。本人はもういないため、無罪を勝ち取っても、それは名誉の回復にしかなりません。
米国では、記録が体系的に残されている
米国は、死刑判決を受けた後に無罪となった人の記録を、団体が体系的に集めている数少ない国です。Death Penalty Information Center が公開している免罪のデータベースには、1970年代以降、死刑囚房から釈放された人が多数記録されています。
釈放の理由は、DNA鑑定の進歩、証人の証言の撤回、検察による証拠の隠匿の発覚などさまざまです。数十年後に判明した例も少なくありません。
米国で判決から執行まで20年、30年かかるのは手続きが多いためですが、その長い期間に誤りが見つかった例が実際にある、ということでもあります。
誤りが起きる場面
各国の免罪事例で繰り返し指摘されている要因は、共通しています。
- 自白の強要 — 長時間の取り調べや圧力によって、やっていないことを認めてしまう
- 目撃証言の誤り — 人の記憶は書き換わる。とくに人種が異なる場合に誤認が増えることが知られている
- 科学鑑定の限界 — 当時の最新技術が、後年に否定されることがある
- 弁護の不足 — 経済的に弁護人を選べない被告人、外国人被告人に不利が集中する
このサイトの記録に外国籍の人が多く現れるのは、麻薬犯罪の摘発が移民に集中しているためですが、同時に、彼らが十分な弁護を受けにくい立場にあることも人権団体が指摘しています。
なぜこのサイトが慎重に書くのか
この記録は、実在の人の氏名を並べています。だからこのサイトは、執行が確認された事例だけを扱い、容疑者・逮捕された人・公判中の被告人は一切載せません。有罪が確定していない人を犯罪と結びつけて書くことは、その人の名誉を損なうためです。
また、事件の記述は量刑の理由となった事実に限り、詳細な描写はしません。出典に書かれていないことは補いません。誤りを見つけた場合は訂正し、訂正した旨を残します。
記録を残すことと、人を裁くことは別のことだと考えています。詳しくは 編集方針 をご覧ください。
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